じゃずにゅうもん
ナタリー・コール
「アンフォゲッタブル」
２年ほど前になるでしょうか。
何気なく入った喫茶店でかかっている歌を聞いて仰天したことがありました。
とうの昔に亡くなっているはずのナット・キング・コールと、その娘ナタリー・コールがデュエットしていたのです。
そのレコードこそ、今回ご紹介する「アンフォゲッタブル」でした。
ナット・キング・コールは、ご存じの方も多いと思いますが「モナ・リザ」の大ヒット曲を持つ黒人ジャズヴォーカリストです。
本名をナサニエル・アダムズ・コールといい、１９１９年３月１７日、アメリカのアラバマ州に生まれました。
初期はピアニストとして活躍しましたが、後に歌も歌うようになり、「トゥー・ヤング」「ネイチャー・ボーイ」など数々のミリオンセラーを生み出します。
しかし残念なことに、１９６５年２月１５日、肺がんのために亡くなりました。
一方ナタリーは、１９５０年２月４日、ナットの二女として生まれましたので、１５歳にして父と死に別れたことになります。
天才音楽家だった父の血を引いたナタリーは、１９７４年プロシンガーとしてのデビューを果たしますが、音楽ジャンルとしては「ソウル」というロック色の濃い分野でした。
デビューアルバム「ジス・ウィル・ビー」はミリオンセラーとなり、翌年グラミー賞を受賞。
そのころ来日したナタリーは、東京音楽祭でグランプリを受け、受賞曲「ミスター・メロディー」は日本でも大ヒットとなりました。
そうした輝かしいスタートを飾った彼女でしたが、その後、プロデューサーでもあり夫でもあったマービン・カッシーを病気で失い、ナタリー自信も声が出なくなり、やがて音楽界から消えてしまいます。
そして数年後、突如リリースされたアルバム「アンフォゲッタブル」。
ソウルからジャズへ、しかも父ナット・キング・コールのヒット曲「モナ・リザ」「ルート６６」などを次々と歌い上げ、ラストナンバーはエレクトリック技術を駆使して昔のナット・キング・コールのレコードから声だけを取り出し、新しい伴奏をつけ、それにナタリーがデュエットするという画期的なことをやってのけたのです。
今は亡き父と娘が音楽で一つになる、なんと素晴らしいことでしょう。
そして、その曲名が「アンフォゲッタブル（忘れ得ぬ人）」−。にくい演出です。
ソウルシンガーとして一度は成功したナタリーが、数々の絶望の末、帰ってきたところこそ、父ナット・キング・コールのジャズだったのです。
親子の絆を形にした「アンフォゲッタブル」、ぜひ一度お聞きください。
芸術生活社刊「自己表現」１９９３年１１月号掲載
